最近めっきり夢を見る機会が減ったように思います。でもその割に隣で寝ている妻からはよくうなされていたとか、何か言っていたとか。ですが起きてみるとまったく覚えていない。
昔、まだ大学生だった頃、奇妙な夢ばかり見て、それはそれで楽しいネタになることもあったので、枕元にメモ帳とペンを置き、その夢をメモるということをしていたことがありました。残念ながら、ちゃんと目覚めて冷静に読み返すと、みみずが走ったかのようなヨレヨレの字は読むことすら困難なこともありました。その中で今も記憶に残る夢の話しをひとつ。
空気と同化し意識だけで浮遊する存在になった私はある時ちょっとしたきっかけから物体に乗り移る方法を発見しました。ただし、一度だけしかできず、二度めはもう戻ることができません。そこでよくよく考えた末、私が選んだのはある人間に同化してしまうこと。そうすればまた違った人生を追体験できるとでも考えたんだと思います。とりあえず真っ当な人生を歩んでくれそうな小学生の子供に同化した私は、その子供と一緒に人生を歩んでいきました。次第に大人になっていく彼は恋に芽生え、そして結婚し、子供を育て、年老いていき、最後に私にありがとうといって旅だっていきました。夢なのでなんだかものすごい走馬燈のような勢いで話しが進んでいくのですが、、、。
最近疲れているのか、たまにデジャブのようなことが起こります。しかも今日のことですが、仕事の打ち合わせでのこと。話している上司の言っていることがいまいちつかめず、幾度か説明を求めるということを繰り返したのですが、なんとなくこのシチュエーションが来るのを予感していたような気がします。またデジャブかと思いきや、よくよく考えてみたら、本当にこういうシチュエーションがあったような、、、。
それで思い出したのがこの夢の話し、記憶が曖昧なので確信はもてないのですが、どうも私はこの夢で一度自分の人生を体験しているのでは?というよく分からない疑いが生まれてしまっています。とはいえ幾度かの引っ越しでその夢をメモったノートは行方不明。
うーん、本当のところはどうなんでしょう?みなさんどう思います?
5/28/2007
麻布十番「IZAYOI」
※このお店のホームページはこちら
最近麻布十番に少しはまっているかもしれない。仕事の関係から会食が多く、いろいろとお店をしっているにこしたことはないことから、プライベートでも仕事で使えるお店を開拓しにいくことがある。そのとき、ついつい意識してしまうのはこの麻布十番という場所。仕事に関係する顧客の会社が、六本木に多いというのもその一つの理由だが、なんだか、ちょっと落ち着いて食事をと考えたとき、この土地が持つ空気感はなぜだか妙に惹かれてしまう。
IZAYOIもまた、そんな麻布十番の空気感を持った素敵なお店。白と黒を貴重にしたモダンジャパニーズの雰囲気は、日常の時間から超越した緩やかな時の流れを感じさせてくれる。洗練された材料から生み出される一つ一つの料理は、素材が持つ特性を旨く引き出していてついつい唸る。
お勧めは、鳥鍋と生姜トニック。鳥から滲みでた旨みを濃縮させたトロトロの鍋は絶品。ちょっと甘酸っぱい生姜の香りと楽しむトニックと一緒に、ほのかに仕事を忘れて、舌鼓を打つ至福。
最近麻布十番に少しはまっているかもしれない。仕事の関係から会食が多く、いろいろとお店をしっているにこしたことはないことから、プライベートでも仕事で使えるお店を開拓しにいくことがある。そのとき、ついつい意識してしまうのはこの麻布十番という場所。仕事に関係する顧客の会社が、六本木に多いというのもその一つの理由だが、なんだか、ちょっと落ち着いて食事をと考えたとき、この土地が持つ空気感はなぜだか妙に惹かれてしまう。
IZAYOIもまた、そんな麻布十番の空気感を持った素敵なお店。白と黒を貴重にしたモダンジャパニーズの雰囲気は、日常の時間から超越した緩やかな時の流れを感じさせてくれる。洗練された材料から生み出される一つ一つの料理は、素材が持つ特性を旨く引き出していてついつい唸る。
お勧めは、鳥鍋と生姜トニック。鳥から滲みでた旨みを濃縮させたトロトロの鍋は絶品。ちょっと甘酸っぱい生姜の香りと楽しむトニックと一緒に、ほのかに仕事を忘れて、舌鼓を打つ至福。
5/26/2007
伊藤若冲をたずねて-京都日帰り旅行
ということで、日帰りでしたが、京都に行ってきました。1月に友人の結婚式で訪れて、今年2度目の京都。
若冲展が開かれている承天閣美術館は京都御所からすぐ北、同志社大学の近くの相国寺境内にあります。ここ昨今の若冲ブームのあおりも受けてか、若い人たちかファミリー、老夫婦まで、入り口までおよそ2時間という行列ができるほどの盛況ぶり。
もともと相国寺へ寄贈した3幅の釈迦の絵と動植が色とりどりに描かれた30幅を超える画たち。廃仏毀釈の波を受けて存亡の危機にさらされ、相国寺から皇室へ寄贈されて現在はその多くが宮内庁にて保管されています。100年以上の歳月を超えて里帰りし、勢ぞろいした様は圧巻でした。
若冲は、構図(デザイン)が持つ力を非常に意識している画家だと感じます。写生的な事物(植物、動物)の描写は非常にリアリティのある存在として描かれながらも、その緻密に計算された配置(構図)の妙は、現実世界を超越し、若冲のもとにデフォルメされた、平面上の美を表現するに至っています。
若冲の画を見ていてハッとするのは、そのリアルとフラットな1幅に閉じ込められた美意識の洗練さ。
以前、私は、過去のミュージックビデオを一堂に介して上映するという美術展のプロデュースに携わった経験がありますが、その際に、ミュージックビデオ界の大御所寺井さんが言っていた「ミュージックビデオは、観る人に新しい感受性を植えつける」という言葉を思い出しました。ミュージックビデオを支持する多くの人は、ミュージックビデオから、新しい表現やギミックを感受して、そのかっこよさに惹かれていくということですが、まさに若冲の画もまた観るものに感受性を与える力をもっているなあと。
若冲がここまで注目されるようになったのも、ようやっとミュージックビデオで感性を鍛えられてきた現代の人たち(主に若い人たち)が、若冲の画の本質を理解できるようになったからかもしれません。
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